生活の工夫

貧しいってことだ


 生活に対して手を加える・工夫を行うというのは、そんなに自明なことではない。それは、理想の生活水準と手持ちの資本とがつりあわないという状態で捻り出さざるを得ない窮余の策なのである。
 因みに、そういった状態というのは上流階級にはもちろんない。叶姉妹が生活の知恵を振るう姿なんて想像もつかないじゃないか。
 それからこれはそれほど自明ではないが、下流階級にもないと思う。というのは彼らには、確固とした生活パターンがあるし(その限りにおいては工夫もあろうが)、そもそも「理想の生活水準」といったものもないからである。つまり、彼らから家計簿という発想が生まれることはなかったということだ。
 生活に手を加えるという発想はふつうのことではない。それは最初、上からも下からも「無理してるなあ。イタイなあ」と映ったに違いない。今みたいに、テレビを回せば、「収納名人」「節約名人」が得意げに視聴者へと講釈を垂れるなんてことは想像もできなかったはずなのだ。