ディープ洋ミス

 昔、ゲームサイドという雑誌がユーゲーと名乗っていた頃のこと、原田勝彦というライターさんが、一人で数十ページも使って、ひたすらにディープなシューティング・ゲームを紹介するという企画をやっていた。ディープというコンセプトは、マイナーとは違って、一般受けしないという点ではほぼ同じなのだけれども、なぜか心の奥底で忘却されるのを拒んでいて、その理由をうまく説明できない性質を持つもの、という意味で使われていた。私は前半のナムコ特集と合わせて、この号が大好きなので、今でも月に一度は読んでいる。

 それと似たところで、私にも、マイナーというだけではなく、なぜか心のどこかに引っかかっている「ディープな」海外ミステリというのがある。最近は、メジャーな作品ばかり読んでいるからそうでもないけれども、かつてはあった。

 今回ご紹介するのは、J. D. カーの『連続殺人事件』である。

連続殺人事件 (創元推理文庫 118-10)

連続殺人事件 (創元推理文庫 118-10)

 このミステリは、かのアシモフ先生によって、そのトリックが化学的に間違っていると指摘されたことで有名になってしまった、いわくつきの作品である。実際、くだらないミスをおかしているのだが、それはカー先生の顔に免じて許してやってほしい。

 こいつがなぜ記憶を去らないのかといえば、スコットランドを舞台として酒好きで愉快な連中しか出てこないという点と、たまたまスコットランド行き列車に乗り合わせた主人公とヒロイン(両方とも歴史家という設定)による本気の口げんかで幕が開き、ロンドンへ帰る列車でも口げんかで幕が閉じるという円環をなしている点のためであると思われる。但し、最後の口げんかは、あんまり本気のそれではない。どうやらスコットランドにいる間に何かがあったようだ。こういった点も、軟弱なラブコメをこよなく愛する私の心に響いたのであろう。

 私がミステリにはまり出した頃というのは、創元のカーはどんなものでも手に入れることのできた黄金時代のまさに最後の時期であった。そうして、ふと気を許した隙にカーは書店から消えてしまった。カーの他の名作に比べて真っ先に消えてしまったという切ない印象のためにも本作が記憶に残っているのであろう。