「XXの何が本質なのか」という好奇心でずっとやってきましたが、「OO(=社会学)にとって、XXの何が本質なのか」という問いに遷らざるを得なくなってきており、これは、元の問いの難度に、二倍か二乗したぐらい難しい問いになってきております。

 今までも、暗黙のうちにはそれをやっていたのだと思いますが、この問いに本気で向き合うためには、ある種、首尾一貫した「見識」を持っているフリをしなくてはならないのではないか――そんなの無理――でもやるしかない、といった感じです。