本年ベストはこれ。『フロスト気質』

 

フロスト気質 上 (創元推理文庫 M ウ)

フロスト気質 上 (創元推理文庫 M ウ)

フロスト気質 下 (創元推理文庫 M ウ)

フロスト気質 下 (創元推理文庫 M ウ)

 フロスト警部ものの第四作目である。第三作目の翻訳から待つこと七年。何度、原書で読もうと決意し、アマゾンのカゴに入れてはキャンセルを繰り返したことだろうか。それでも待ったのは、芹澤訳への信頼があったからであり、本作は期待を裏切らぬ傑作の名訳となった。
 思い入れは、年末のミステリベストの時期にまた語ろうと思うが、とりあえずは、本作がフロスト警部モノの頂点に君臨する出来であることは断言できる。フロストは相変わらずタフで優しく下品であり、上司はしつこいほどに悪党である。
 フロスト警部モノは、複数の事件が同時に勃発した後になんとか片が付く「モジュラー型」である点では、他の警察モノと変わるところはない。但し、並行する事件の数があまりに多いので、恰も、次から次へと振りかかる火の粉を次から次へと振り払っていくといったテンポをとる。結果として、フロスト警部は、モダンタイムズにおけるチャップリンの如く、ナットを締め続けているうちに歯車そのものに回されるかのように事態に翻弄されていく。たちが悪いのは、その翻弄は、彼の上司、彼のライバル、彼の部下、全てを巻き込んでいくというところである。
 今述べたように、ただでさえ、竜巻のように展開する諸事件であるが、本作では、それに加えて、フロスト警部による行き当たりばったりの試行錯誤の推理が付け加わるため、事件数×試行錯誤の推理という目もくらむ展開が待ち受けている。行き当たりばったりの試行錯誤を芸風としていたのがモース主任警部で、モジュラー型警察小説の代表作をリーロイ・パウダーのシリーズにとるならば、本作では、まさに、コリン・デクスター×マイクル・Z・リューイン級の興奮を得ることになる。