ロバート・ゴダード

 

リオノーラの肖像 (文春文庫)

リオノーラの肖像 (文春文庫)

 ゴダードを読むのは二作目になる。一作目の
千尋の闇〈上〉 (創元推理文庫)

千尋の闇〈上〉 (創元推理文庫)

は、十年ぐらい前に読んだきりで、そのときには、深い感銘と、この手のミステリはもうしばらくは読みたくないという満腹感とを同時に味わったのだった。
 いわゆる歴史モノなのだが、過去に話が完結することはなく、現代に話が旋回してきたところで一ひねり二ひねりあるというところが、この作家の読みどころなのだと思う。本作もそういう作品であった。
 「謎めいている」、「万華鏡のよう」、などと言われる事の多い人だが、これは要するに、過去の問題編において、各種の登場人物が意味の通らない非合理的な行為をしているところだけを切り取って見せられるからである。本来のコンテクストさえ分かれば、それらのすれ違い続ける行為の意味はサッと読み解けるはずなのだが、そのコンテクストは終盤まで与えられることがない。だからこそ、「謎めいていて」、いろいろな人々の不可解な行為が「万華鏡のように」、まとまることなく散らばり続けるのである。無論、その拡散は非常に魅力的なのだが。
 ところで、ある評論家が、リオノーラは、千尋の闇より優れている、と強くプッシュしていたのだが、私にはそうは思えなかった。申し訳ないが、本作のオチなどは殆ど予測できてしまう程度のものだ。だから、本作については、第一次世界大戦当時の人々の生活の刺激的な描写として楽しむことができればよいのではないか。
 楽しむと書いてしまったが、それはいささか不謹慎であったかもしれない。第一次世界大戦における地上戦がイギリスの兵隊らにとって、第二次世界大戦以上に過酷なものであったことは、しっかりと描かれている。日本人には馴染みの薄いであろうこの過酷さは、本作以外にも、レジナルド・ヒル『幻の森』、アントニイ・プライス『隠された栄光』などでも重要なテーマとなっている。