また「ニュアンス」かよ

反面教師


 iichikoピエール・ブルデュー特集」を読んだ。
 最初の対談で、内田隆三が冴えをみせる一方で、山本哲士が相変わらずのダメダメさをみせて腹が立つやら呆れるやら。
 「今のブルデュー訳は、正しいだけの訳で、ニュアンスがまったく訳されていない」とひとりで意気軒昂。でも結局、「ブルデューが自分より加藤晴久を選んだ、悔しー、キーッ!」が言いたいだけ。
 だって理論的な話の途中で、いきなりブルデューと映っている写真を提示、わたしのインタビューが彼の選集に載ったのだと自慢、だけど加藤晴久に言いくるめられたブルデューがわたしのインタビューを再版時に外したのだ、とステキな陰謀論を展開しはじめるんですから。
 わしの原典主義者への懐疑心の源流というのはこのひとのダメダメさのせいというのがある。原典読んだって威張ってるけど、この人の話って翻訳でも分かる程度のことしか言ってないし、翻訳で分からないところは単にこの人の妄想だし。
 あと、こういう人たちはいつも「ニュアンスが違う」っていうよね。そのニュアンスがどう違うのか、全うな論文として読ませていただいたことは一度も無いですけど。